春が来たから

窓から見上げる蒼い空、隣家の庭の紅い花、地中で蠢き出した虫達、春めいた街の中を、私も自分の足で歩きたい。
昨年の二月、リハビリ病院の窓から、遠くに梅林を見つけた。あの時は、歩けなくなるなんて夢にも思っていなかった。春が盛りになる頃には、桜の花の下を歩いたり、ワラビや山ウドを探しに野山を訪ねているだろうと、夢に胸を膨らませ、目を輝かしていた。けれど今、窓の外を眺めていると、鼻先がツンと痛む。
自分の出来る範囲の中で、楽しい事を創っていかなければ、何時までたっても、繰り返し押し寄せてくるこの悲しみから、逃げ出す事は出来ない。
街は今、冬の眠りから目を覚まし、春の風が吹き始めた。強ばった私の身体が、ほぐれる事は無いのだろうけれど、せめて心で春を受け止め、自然を味わう喜びを思い出そう。
市内の狭い範囲でのドライブであろうとも、デイ送迎の車窓からも春を探すことは出来る。坂の上から、遥か遠く、雪をまだらにのせた山並みに目を向ければ、その色合いも、柔らかく変わってきた。庭先や、住宅街の中にぽつりぽつりと取り残された梅林には、紅梅、白梅が目立ち始め、ミモザの蕾も膨らんでいる。信号待ちで窓の外を見上げると、青空を背にした桜の小枝には、沢山の花の芽が動き出していた。