「おとうさんアタシを殺して」

痛みの辛さにミセスは旦那に頼み込んだという。「俺を犯罪者にするつもりか 俺はやだよって断られちゃったよ」激しい痛みで入院した時を思い起こして、彼女はそんな話をしていた。私の手術の翌日、まだ観察室にいた時、緊急入院で一時私の隣のベットに運ばれ「痛いよう、痛いよう」と唸っていたのが彼女だった。その後私が一般病室に戻ると、隣のベットに寝ていた。2人の縁はその後リハビリ病院にも繋がって来る。私から2週間遅れでミセスは同じ病室に移ってきた。80才台にして女子大出の彼女は70才まで仕事で日本中を回っていたらしい。キャリアガールの先駆者なのかしら。働き盛りの中年の頃から腰痛があったが、いろいろの症状が出てきたのは仕事を辞めてからという。骨粗鬆症も進んでおり,「お医者さんはアタシの骨はいじりたくないんだ」という。軽い脳梗塞の症状もあったので血流を良くする薬を常用している為、ブロック注射もできない。目眩はあるし耳鳴りもある。「アタシャ参っちゃうよ」と言いながらも,一生懸命に薬や医療の情報を収集する様子や,物事に対する旺盛な好奇心には感心させられる。私が時間塞ぎに遊んでいた数独に興味を持ち挑戦するも、教える側教わる側ともに苦労し、人にはそれぞれの得意分野がある事を、つくづくと思い知らされた。一人娘は嫁ぎ先にも親がいるので、ミセス夫婦は基本的には老々介護で生活して行くのだろう。「アタシはね、なにしろ旦那を見送らなくてはならないの。それまではしっかりしていたのよ」彼女にも完治という言葉はない。