数独仲間

彼女とは私の退院5日前に同室になったので、私の情報収集にも限りがあった。身長140センチ台の可愛らしいおばあちゃまだけど、しっかりとご自分の意見をおっしゃる姿はとても爽やか。足の手術をして、リハビリ病院入院時は50パーセントの加重トレーニング。以前私は、リハビリルームで何度か体重計に片足をのせている患者の姿を見て、何をしているのかしらと不思議に思っていた。それが加重パーセントを体得するものだと言う事を、彼女を通して初めて知った。最初の30パーセントはこの位、次はこんな感じ、70パーセントはこんなもの、そして左右の足の体重加重は均等になる。彼女の均等になる日は遠くはないだろう。ベットに座っている彼女は布団の中にもぐり込みそうだったけれど、そのとき彼女は数独をやっていた。レベルは知らないが、我が仲間の一人だった。

 数独仲間は他にもいた。彼女は私が手術をするために入院した病室の窓際のベットに寝ていた。私より10歳くらい若いのかもしれない。その時は寝たきりの状態であった。30才代からリュウマチがでて、今では両手が変形し、首も頭を支えきれないのか起床時には装具を必要とする。歩行も不自由で自宅では2本杖で歩いていたという。自宅洗面所で転んで腰を複雑骨折した。一見不条理にも思える状況の中にいながら、彼女はとても明るい声で部屋の人たちに声をかける。午後には毎日ご主人が通ってきて、にこやかにベット脇に座っていた。彼は術後の動けない人の用足し等こまめにしてくれるので、病室の他の患者も頼りにしていた。私が術後座れるようになって数独を始めたとき、彼がニコニコして私の手元をのぞいてきた。「面白い?」「ええ。」「僕らもやっているよ。」共通の楽しみは、彼女と私の間は急速にちぢめた。リハビリ病院には私より1週間遅れで移ってきたが、残念ながら病室は同じにはならなかった。けれどもその時には彼女も車椅子で自由に動き回れるようになっていたので、良く私の部屋にも遊びに来て、持ち前の積極的な声かけで顔見知りを増やして行く。彼女は今まで何度も入院やリハビリ療養をしていているのだろう、私のリハビリの様子や動きを見ていろいろアドバイスをくれる大先輩でもあった。「歩いているとき貴方は固まっている。手を意識的に振ってみたらどうかしら。」「かっこ付けて歩かないで、体で歩くようにしてみたら?」「おしゃべりしながら歩くとか、歌を歌いながら歩くとか、頭の中から歩くんだって意識をなくした方が良いかもしれない。」う〜ん、そうかと思いながら私のリハビリは思うようには進まない。一方先輩の方は着実にリハビリの効果を上げて行く。「2本杖ですたすた歩いていたわ。」見かけた仲間が驚いて報告して来る。「今までは車椅子で買い物に行っていた。このつぎ家に帰ったら、杖で歩いて行きたいの。」それが彼女の望みだった。「今日は外を歩いた」「一本杖で歩いてみるわ。」退院に向け一直線の彼女が、空を見つめているような風情で、廊下の窓際に一人いた時の姿は深く私の心に残る。
ある日、私はシャープペンシルの芯を切らせてしまった。「次に娘が来る時に持ってきてもらおう。」と思ったが佳境に入っている数独をストップさせるのは辛い。そうだ先輩のところにご主人が来ている!彼女の側には案の定ご主人が座っていた。そして書けるものを借りるつもりが、シャーペンを一本贈呈されてしまった。これは大事な記念品。また私の長年使い慣れた赤いシャーペンはミセスの手元にいった。